2026-09-21
最低賃金55円引き上げの読み方|賃上げの原資を営業利益から作る順番
今年の夏、国が最低賃金の引き上げの目安を示しました。 全国の平均で55円です。 いまの額の4.9%にあたります。
この数字を見て、まず頭に浮かぶのは来年の人件費だと思います。 パートの方の時給が上がります。 すると、近い時給で働いている社員の分も、そのままにはしておけません。 1人分の話ではなく、会社全体の話になります。
その実感は、たいてい当たっています。
同じころ、もう1つの数字が出ています。 上がったコストのうち、どれだけを値段に乗せられたかという割合です。 中小企業の平均で53.5%でした。 半分は乗せられた、と読むこともできます。 半分近くはまだ乗せられていない、とも読めます。
仕入れも燃料も人件費も上がりました。 でも、請求書の金額は前と同じです。 その差額は、どこかが引き受けています。 引き受けているのは、たいてい会社の利益です。
だから、こういう実感が生まれます。 売上は去年より増えた。 忙しさも増えた。 それなのに、手元に残るお金は増えていない。
実際、中小企業の売上は増える方向にあります。 その一方で、手元に残る利益では、大企業との差が開いています。
国の白書には、もう1つ重い言葉が出てきます。 「労働供給制約社会」です。 働ける人の数そのものが減っていく社会、という意味です。 募集をかければ誰か来る、という前提が崩れます。 そのうえで白書は「現状維持は最大のリスク」と書いています。
ここまでが、外から来る話です。 ここから先は、社長が決める話になります。
賃上げの話は、気持ちの話になりやすいところがあります。 よく働いてくれているから、上げたい。 人が採れないから、上げないと残ってもらえない。 どちらも本当のことです。
ただ、決算書の上では、給料は違う顔をしています。 給料は販管費です。 販管費は、粗利から引かれます。 家賃や光熱費と同じ列に並びます。 そこを全部引いて、最後に残るのが営業利益です。
つまり、給料を上げるというのは、販管費を増やすことです。 ほかを何も変えなければ、営業利益はそのぶん減ります。 数字の上では、それだけのことです。
ここが、賃上げのいちばん静かなところだと思います。 減った利益は、その月には見えません。 来年の決算で、はじめて形になります。
よく働いてくれているから、という理由で決めた賃上げは、気持ちとしては正しいです。 ただ、原資の話が1つも動いていません。 だから翌年、また同じところに戻ります。 去年より人件費が高い状態で、同じ苦しさをもう一度見ることになります。
では、原資はどこから出るか。 道は2つです。
1つは、粗利を増やすことです。 値段を上げる。 1件あたりの単価を上げる。 同じ時間で回せる件数を増やす。 さきほどの53.5%という数字は、半分近くの会社がまだこの1つめに手をつけていない、という意味でもあります。
もう1つは、販管費の無駄を削ることです。 毎月払っているのに、使っていないもの。 人の手でやっていて、機械に渡せるもの。 ここが減ると、給料に回せる幅がそのまま広がります。
そして、どちらも数字で数えられます。
たとえば、こういう数え方です。 段取りを1つ変えて、1人が月に10件多く回れるようになったとします。 3人なら、月30件です。 1件の売上が9,000円なら、月に27万円です。 1年では320万円ほどになります。
この320万円のうち、いくらを給料に回すか。 これは計算できます。 気持ちでは計算できません。 逆から言えば、数えてみないと、どこまで上げられるのかが誰にも分からないままです。
昇給の幅は、頑張りの量では決まりません。 増えた粗利と、削れた販管費の合計で決まります。 だから順番が変わります。 賃上げより先に、原資です。
最後に決めるのは社長です。 値段を上げるかどうかも、どこを効率化するかも、いくら上げるかも、社長が決めて、その結果を引き受けます。 周りの意見は聞けます。 ただ、どこまで上げても会社が続くのかを見ているのは、社長1人です。
「現状維持は最大のリスク」という言葉は、そういう意味だと受け取っています。 来年も同じやり方で、同じ利益のまま、上がった人件費を払う。 それがいちばん動かない選び方で、いちばん削られる選び方です。
来年度、55円が現実になります。 その前に決めておけることが1つあります。 上げる額ではありません。 その原資をどこから作るか、です。
そこが決まっていれば、賃上げは1回の決断で終わります。 決まっていなければ、毎年、同じ決断を繰り返すことになります。